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    南三陸名足の今日
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      20110801105328.jpg
      なたりからの今日のメールです。


      歌津 伊里前の 瓦礫の撤去作業 風景です。
      奥の 高台に有るのが 小学校です。
      津波は 伊里前小学校の 一階まで 行きました。
      今は 掃除をして 使えなくなった 名足小学校と二校で 勉強してます。 運動場には 仮設住宅が 半分建っています。
      | misako | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      南三陸仮設住宅状況地図完成間際
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        南三陸の仮設の分布地図を作りました。全部で57箇所
        そのうち、隣の登米市に6箇所。細かい仮設が多数あります。志津川地区が21箇所、歌津地区が15箇所、入谷地区が7箇所、戸倉地区が7箇所です。
        この地図を作ったので、私はもう、南三陸へ行っても迷いませんよ。
        201107302010000.jpg
        | misako | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        7月2日コメントのTAKA さまへ
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          コメントの整理をしていました。
          コメントは全て非公開にしています。
          ご住所、ご連絡先を書いていただいても外部にもれることはありません。

          7月2日にコメントをいただいた、TAKAさんへ呼びかけます。
          TAKAさんからいただいたコメントは下記の通りです。
          ぜひ、その支援をいただきたいと思っています。

          また、コメントにてご連絡先を教えてください。
          よろしくお願いいたします。
          またご連絡が遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げます。


          TAKAさんから↓ 
          日々、お疲れ様です。
          胃ろうや経口での栄養剤(テルモ社のPGソフトEJの400Kcalが20パック程度、味の素社のエレンタール300kcalが60パックほど)が手元にあるのですが、需要はありますでしょうか。
          現地の様子がわからず、お伺いします。
          宜しくお願い致します。

          | misako | 13:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          南三陸歌津の名足 被災漁師さんたにの海カッパ 求む!
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            海カッパ

            被災した小さな漁村の漁師さんたちは、気持ちを奮い立たせて漁業を再開させたいと
            動いておられます。

            しかし、漁に必要な海カッパが流されて無いのです。

            ぜひ、全国の漁業関係者の皆様、ご協力お願いします。

            漁師さんの及川さんは入善の船豊清丸に乗ってらしたそうです。

            及川さんからのメールを転送します。

             海のカッパは 丈夫にできています。上下で一万以上します。
            オーバーオールみないな 形ですので 暑いですけど。男女兼用です 。

             色々な 色もあります。
            サイズは Lが30枚 LLが35枚ほど です。
            今日学校の 草刈りで 確認しました  まだ 増えるかもしれません。
             Lは 女性が 多いみたいです。

            高価なものですが、全国に発信します。
            どうか、この情報を拾ってくださった、ご連絡ください。

            復興市場やプラットホームにも掲載します。

            名足(なたり)の漁村の被災状況のメールもありますので掲載します。


            南三陸町歌津名足浜   名足「なたり」と言います。
            震災前は 144世帯 震災後は55世帯前後残ってます 。
            今月(7月)には 仮設住宅完成 するので   隣浜と 38世帯ほど 増える 見込みです 。
             正組合員は14人漁業従事者養殖など、
             準組合員は60ほどは 会社に 行きながら 海に出てる人。

            以上。

            被災地の自立というのであればここを支援しなければ、次につながらないと思います。
            漁師さんたちの意気込みをご支援ください!





            | misako | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            石巻 めだかさんからのお礼の声
            0
               めだかの井上ですガアベラの花が美しく咲いてます皆様方の心のようで嬉しいです。
              毎日今は忙しく動いています皆様方に宜しくお伝え下さい



              ※めだかさんのディサービスと小規模多機能は仮設住宅の近くにあります。
              仮設にいる方々の支援になるでしょう。

              被災地の底力をめだかさんたちの雄姿にみることができます。
              壊れても流されても、それでも踏ん張るめだかさんに拍手!

              これからも支援します。(中川)
              | misako | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              南三陸名足の3月11日その2
              0
                及川さんの

                写真を入れ替えました。
                さっきのは小さくてわからなかったから。


                名足の猟師さんからのメール文章を転載します。


                俺は 地震後 直ぐに 船で海に 出たので  津波の話は 父や周りの人から 効きました。
                 名足に 津波が 来たのは 地震後 20〜25分ぐらいで 来たそうです。
                  
                 一波目は 4、5団。
                 2波目以降が早く 来たために 波が かさなり  大きく なったみたいです。
                 
                 父が 見てて 流された 夫婦も まだみつかっては いません。
                 写真の奥に 家が 有ったところです。

                報道は されませんでしたが、
                 ガードレールや 道端に 死体が ごろごろしてました。
                 それに毛布かけたり、 運んだり、 手のない者、 足や頭の無い 人も、
                 小さい子の 体に 材木が 刺さっていたり、
                 自衛隊が来るまでに 地区の人、 高校生まで 運んだそうです。 
                 
                 もう一つ 津波が来たのは あの時だけじゃ無いんです。
                  夜中にも 津波が有って その時のも 結構な大きさ だったみたいです。

                以上

                | misako | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                南三陸 名足(なたり)の3月11日
                0


                  この写メをくださったのは名足の猟師さんです。
                  地震発生当時、すぐに船に乗り沖へ逃げられました。


                  津波からは逃れたものの、帰ってみると、町は廃墟となっていたそうです。

                  | misako | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  オムツバンクより、しだれ桜の君
                  0
                    電話をいただき、オムツバンクで引き取りに伺ったお宅には小雨に濡れるしだれ桜がありました。

                    96才の母親を看取った79才の娘さんからのオムツの寄付だった。

                    門には厳重に錠前がかかっていた。大きな洒落た傘をさして、到底79才には見えない女性があらわれた。

                    どうぞと促されてふみいれたところは手入れの行き届いた素敵な日本庭園。

                    たくさんのオムツを車に積むと立ち話で介護したお母様の話になった。

                    そして私の介護をほめてくださった。

                    新聞記事を読んでとても素晴らしい活動だともほめていただいた。

                    帰りぎわ、
                    自慢のしだれ桜の話になった。
                    駐車場を覆うように枝振りが幾重にも重なっている。

                    この桜を彼女とお母様はどれほどの年月眺めてこられたのでしょう。

                    来年の桜をぜひみにきてほしいといわれました。

                    新聞に載って、お電話いただき、引き取りに出会うだけで、私を疑わず、私的なお誘いに思わず嬉しくなりました。

                    私は心から承諾し、来年のしだれ桜の約束をした。

                    小さな妖精みたいな彼女は、ぜひお友達も連れていらして、と言われた。

                    帰り道を教えてくださり、しだれ桜の君は大きな傘のしたから優しく手をふってくださいました。


                    オムツがつなぐご縁は被災地と支援してくださるお宅をしっかりつないでいると実感する毎日である。

                    幸せをいただきました。
                    ありがとうございます。
                    | misako | 17:50 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                    リアス訪問看護ステーションへ到着  オムツGO!
                    0
                      リアス

                      この荷をオおろす姿を見てください。
                      正直、この時間、みんなへとへとでした。
                      最後の力を振り絞って、
                      エイサホイサと荷を降ろします。

                      たくましい富山の男衆の見せ所。

                      私は音頭とり。ごめんなさい。(^^)

                      めいいっぱいリアスに詰め込みました。
                      前回のオムツは一ヶ月でなくなりました。そうですよねえ、消耗品ですもの。

                      50組あった布団もあっという間になくなりました。

                      いろんなものが紛れ込んでいるかもしれないけど、
                      それもお楽しみ。

                      とにかく富山発オムツバンクからの二回目のオムツ。パット、納入しました。

                      オムツバンク頭取としては嬉しい限り。

                      まだまだ必要。

                      富山に帰って次の作戦をたててオムツを集めなければなりません。

                      オムツ・パット。その他たくさんの生活用品、食料、水、
                      ありとあらゆるものが今、足りません。

                      すべて震災のために使っています。
                      どうか支援金をお願いします。

                      振込先は郵便局で
                      特定非営利活動法人難病ネットワークとやま
                      00710−8−56431

                      どうかお願いします。(中川)

                      | misako | 17:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      最初はおずおずと
                      0
                        仮設

                        最初にこの仮設についたとき、外に人はいませんでした。

                        私たちが3台の4トントラックと一台のバスで
                        物と運び出し。

                        川渕さんの指示でブルーシートを引き、
                        配布物の算段をしだしたころ、

                        なんだろう?という顔で人が集まりだした。

                        「どこからこられたのですか?」と聞くおばちゃん。

                        「富山からです」と応える汗まみれの若者。

                        次の言葉がお互いに見つからない中、

                        「みなさんどうぞ!」という川渕さんの声に、おずおずとシートの中を見て回るみなさん。

                        どうぞ、どうぞ、トラックの冷蔵庫もどうぞ、あれも、どうぞ、これもどうぞ、
                        いきなりきてごめんなさいね。

                        でも、いつも富山から皆さんのことを案じていました。

                        また来ますよ。
                        来月は21日日曜日、
                        こちらでいろんなことを考えて、そちらへ参ります。

                        私も、父をレスパイトさせて、行きます。

                        この現実を見てしまって。
                        さようならと、私は言えなかった。


                        | misako | 17:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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